自分のやることはいつ習作の域から抜け出せるのか、行く先はいいところなのかって、朝なんかはシリアスに考えちゃう 昼すぎあたりから楽観的になるけど、習作の回を重ねていることが頼り?朝が終わると気分は上がってくる。
誰とでも口頭でしゃべるとだいぶ楽になる。本を読んでいても楽になる。あんまり楽すぎると朝のプレッシャーが恋しくなるっていう、他人との接点を避ける小さい自分リサイクルにたいする危機感が、ほかのものにふれて取り込めることで薄まるからだと思う。
必要にされたい人にノーといわれ、必要とされた人にノーといい、ふだんばかにするようなテレビ番組はけっこう喜んで見る。場合によっては生きがいにもなりうる。今日は家族とごはんを食べたあと、夜の8時に思いついて新宿に紙を買いに行って、あらためて東京をさんぽするのはしばらくさよならだと思った。わたしも決めることがあるからです
よしぞにさんに会えたらよかったなあ。


ウ〜ンウ〜ン〜みたいに人に合わせて喋るよりも、さらさらペラペラ〜〜と喋ってすます方が心地良い時間が流れている気がする