忘我の裂け目から溢れる河のよに
悲愴の赤い花 散って舞う花弁のように
明日にはコンクールのため新宿マデ行くんですが
台風のせいで飛行機が出なくなったりしたら困ります(ポリポリ)
ところでほんと今年は台風多いよねー。


平面ほんとパッとせん
絵画科の主任がわたしのこと色々こだわりすぎるって言ってたらしい
わたしもつい最近こだわりすぎるのはこわいって痛感した
痛感と快感ってちょっと似てる
とかどうでもいいことにハットしたり・・


センター出願しましたよ
19にもなってなんでセンターなんか受けにゃならんのじゃ!!!あああ
そばに21で受ける人もいるけど
去年は現代文忘れたけどそこそこ、漢文古文は全問正解で英語8割5分くらいいったんよね〜
そんで日本史が45点だったかねい
先日の模試では21点だった(真面目に解いたのに各設問一問ずつくらいしか合ってない)あぎゃぎゃ 日本史はあなどれん! とかそーゆー問題じゃねーだろ!!
それだけならわかるよ〜




以下 即席エッセイ「表現行為の光と影〜しかしできてしまったものは強い〜」第一部

くそっ!
できたもん勝ちだからいやだねえ 同時に楽チンなもんだねえ 絵って・・
情報量をつめこんだもん勝ちなのかと思っているけれど それだけではダメナンダロウ きっと

ハットしたことがある
高校の時、中村つねの『エロシェンコ氏の像』(重要文化財)を見たときは、この世に表現の世界があることになぜか異常に感動したし、時に生きることの救いになったりもした 表現の世界に〜〜、って自分を勇気付ける時第一に思い浮かぶのもこの絵だ、
中村つねの熱い視線が伝わってくるようなきがするんだ
またクサイことを言うとか、つまらんことを言われるかもしれないけどおれはそんなことしらないよ 勝手に言っていればいい しらんおれはしらん
わたしがあの時ハットしたなんかあれ
あれを作るべくなんよ あれが作りたい 作為的に作るものではなく、行為の果てににじみ出るものかもしれないけれど
そゆのある あぁ!!この人・・・、ていうの だーら ルソーのなんたら婦人もそう
惚れこんでしまうようなのよ
朝9時半の駅の窓からさす太陽の光もそう
「・・・・・。」てくる(てるく)
あーあーあーあーあー
いやだねえー
そゆのをさくさくかきたいのにねえー
表現するのってあああ パトロン
学校の外には美術をやる奴はごくつぶしだと言うおじさんがいて
先生は当然じゃないかとふんぞり返り
僕あ首をななめにかしげてばかりいる
どうしてどうして 昇華するというのは
人がみんな「すばらしい!」と本心で褒め称えてくれれば僕の中で丸くおさまるのにねえ
だから誰か本心から「すばらしい!」と言ってくれないかにゃあ
という雑念も入り混じりつつ
全身全霊傾けたところではたして誰が何を理解してくれるだろう(いや誰も何も理解などできない)という不安をかきたてられ
疑心暗鬼にもなり
ああ、「もうそこまででいいよ」って誰かいってくれないかな 
コロサレルー 身をけずる思い 自分で言っても信憑性ないからなおさら


頭の悪そうなことはしたくない。けれど、できてしまったものは強い。しかしそこに安心して留まっていることはわたしにはできない
何も考えないで安心できる時間が欲しいなあ