tantra

気が散るよ〜。気が散るんだよ〜。

自分が訳知り顔のおしゃべりをするのを誰が求めていると思う?
自分のペースでがんばるだけだ。とりあえず無職のときにつくったアレをどーにかしてパチンコ玉を商品に変えてもらうような精神の流通を望む。
そして今までお世話になった方のコネクション関係で「苦学生」とか「今までなぜかずっとうまくいかなかった人」と紹介されると途端に過去の自分がフラッシュバック。「げー大受かってもよかったのにね」といわれたりしたら過去の自分がフラッシュバック。でも一緒にげー大を目指していた仲間たちはわたしとは違う別の人がげい大に行くと思っていただろう。彼らも受かったり落ちたりした。現役の一次で描いた絵を覚えていて、それは3浪の一次で描いて通った時のモチーフとほとんど同じだったのだけどさすがにあれは通らないだろうと当時も感じていたし今でも思う、でもどーすりゃいいのかさっぱりわからないようなところがあった。わたしは2次試験の課題には自信があったけどいつも一次で落ちるものだと思っていたので、うまくいかなくて当然で、今後の人生もずっとそんなもんだろうと考えていたので、要するにただの馬鹿だったのだけど、とってもつらかったんだ〜、苦学生といわれながら親のすねをかじりたおすつもり満々なこととかがさっ。だからって苦学生になりたいなんて微塵も思ってないこととかさっ要するに暇ばっかりあったんだよ暇だけが。


あ〜あ。猫の行動学を研究したいよ。
神様になんか興味0だよ。
あ〜あもっと気力をぶつけていこうよ。
は〜〜
自分がうまくいきにくいのは自分の心がまずしいからさ。ゆたかな心をはぐくみにバーにいって夏木マリのような女性におごってもらうとも。
夏木マリの娘のようなずっと年下の美人に「マン毛」の話を教えてもらうとも。
暖房のあたる机の上に敷いた布団にくるまって「ガロ」を読んだりするのが「ませている」ということになるのはせいぜい高校までだよ。今やってたら本当にダメなだけの人だよ。
あ〜あ。



嫌味抜きに教養がほしいよ。勉強はきらいだけど。でもほんと謙虚さがいるよね。わかってるんだ。。謙虚になろう。。
机で眠る生活が体質になじんでる気がする。
B型。
ごめんなさい
B型
ガンジスを
まちがえて
ラインといって

けっこう
鬱っぽいんだ
ママの
「それは間違えたとは言わない!
知らないってこと!」
という声が
きこえてきそうだ
そらそうです
いったことね〜し
なんて
だだっこのようなことだって
おもいつきますよ。


まあいいや


バラナシいきたいな




あ〜いわゆる
インドに行くタイプの人ね。
みたいな風に
見られてもいいですから。
行った事ないから
平気で
「ライン」
とか言えるよりも
「ふ〜んインドとか好きな人なんだ」
とかゆ〜風に
若い子に見られることなんて
全然ありです
全然あり。


痛い所をつっこむのを、もっとムーディーにやれたり、おもしろおかしくやれたい。
そして、社会自体のバランスをとろうともがいている人のことを忘れることはしょっちゅうある。
こまかいことはにがてだ。こまかいとこでとばしておおづかみのところでわかるタイプなんだよね自分は。なんていってるとこがある。
おおづかみでわかるまでいくらのものをきずつけただろーかね。まあ同時に冷笑もさせただろうがね。
そのギセーシャになったということなのかねわたしの周辺の人は。


ピンポイントでできることだけをフルでやるといいんじゃないんですかねわたしみたいな人は。
中野新橋に帰れ。
バベルみたい。

聾者コミュニティの外側においては、聴者のモラルを問う意見が見られた。例えば、アフリカの手話の研究を専門とする文化人類学者の亀井伸孝(聴者)は、聴者が聾者のふりをすることやそれを取材で披露すること、メディアがサクセスストーリーの一部として報道したことなど、耳が聞こえる人たちのろう文化への接し方を問題とし、謙虚な姿勢をもつことを呼びかけている(外部リンク参照:聾者役を演じた菊地凛子が「使えるものはどんどん使おうと思った」と発言したことを手話に関連づけて問題視した記述も見られたが、すでに本人のウェブサイトで訂正されている)。 wikipediaのバベルの項より